何年かぶりで『メサイア』ナマで聴きました。

私メ関学高等部時代、ナレーターとして舞台に立った神戸女学院との混成合唱団
KCGHクワイヤーのOG・OBが結成した「メサイアを歌い続ける会」
♪ あんた〜グローリア、と唄っていた女学院生を思い出します。
4月19日(日)、阪急西宮駅すぐの兵庫県立芸術文化センター大ホール、
指揮は松尾昌美(80)さん、ステージ上最高齢はFBお友達Mさまの父上84歳とか…、
なんと素晴らしいハーモニー、感動ものでした♬
「前期高齢者が後期高齢者を支える会」と誰かが陰口たたいてたけど
満員の客席はあちこちで同窓会。
ロビーでも客席でも一杯あの頃の方をお見かけしました (^_^)v


ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel, 1685年2月23日 - 1759年4 月14日)は、
ドイツ生まれでイギリスに帰化した作曲家。バロック期を代表する重要な作曲家の一人。by Wikipedia
彼の代表作のひとつオラトリオ『メサイア』は、特に「ハレルヤ コーラス」で万人に知られ、
いまに歌い継がれています。
プログラムにあった元関西学院理事長・院長 山内一郎先生の解説、初めて知ったので全文引用します。
ヘェ〜です!!


94歳の恩師・山本善偉先生とのぶ
『メサイア』は、宗教音楽とは言っても教会の礼拝のためにつくられたものではなく、
音楽史的には「バロック的協奏様式を基礎におくオペラ音楽の延長」という説明も可能でしょう。
私も学生時代、バッハの厳格さと対比して、この作品を明快で軽やかな万人向きの音楽であると解していました。
ところが
50年前、米国留学中に、Duke Chapelで恒例の「メサイア」を聴いた時、
指揮者ヤング教授の個性が強すぎる節はさておき、とにかくその劇的な高度の表現によって、
この作品のもつ宗教的な内面性に初めて開眼を与えられ、ある種霊的な高揚を体験したのです。
それ以来、「メサイア」が同じヘンデルによるオラトリオの中でも、全く独自の性格を備え、
聴衆をこれほど圧倒せずにはおかない秘密は一体何であろうかと思い巡らしていたのですが、
帰国後、シュテファン・ツヴァイクの『人類の星の瞬間』(Sternstunden der Menshheit)を読んで、
その謎が解けました。
ヘンデルは、1737年4月(当時52歳)、脳溢血に倒れ、右半身不随になりましたが、
医者たちを驚愕させるような強靫な意志力によって健康を回復し、再び仕事に身を投じていました。
しかしその後、スペイン戦争など時代の逆らいのためにヘンデルは苦境に追いこまれます。
劇場はがら空き、借金はかさみ、批評家たちは冷笑。奮闘する彼も、次第に心を挫かれ、
作品創造の喜びも全く枯渇するのを感じ嘆息します。
「もし人間たちが、私を再び葬り去るくらいなら、何故神は私を病気から蘇生させたのであろうか」と。
そしてあの十字架上のイエスの言葉を呟きます。
「神よ、私の神よ、何故あなたは私をお見捨てになったのですか」。
1741年8月21日の夜、過労と困窮のためにロンドンの街をさ迷い歩き、へとへとになったヘンデルは、
もうドイツに帰る他はないと心に決め、やっとの思いで自分の部屋に戻って来ます。
今は机の上に始めようとする何ものもなく、終えようとする一枚の楽譜があるはずもない。
だが、空虚ではなかった!見よ、そこには白い一つの小包が輝いているではないか。
表紙には、畏友の聖職者・詩人チャールズ・ジェネンズの字で「救世主」(The Messiah)と書かれていました。
それは作曲依頼の台本原詞でしたが、だめになった両手は思うようになりません。
しかし、テキストの最初の一句を読んで、ヘンデルは突然立ち上りました。
「慰めあれ」(Comfort ye)。
それは通常の意味での台詞ではなく、まさに天の声、神からの答えを彼は聞いたのです。
一瞬にしてヘンデルの心から悲しみと暗黒が拭い去られ、一切の重荷と疲れが消え失せ、
「主はかく語る」(Thus saith the Lord)。
一語一語が抗し難い力をもって心に迫り、彼の全身を捉え、
それがそのまま音楽となって彼の中からはとばしり出ました。
" For unto us a child born." 「ハレルヤ、ハレルヤ!」。
ヘンデルの息は詰まりそうになり、涙が彼の眼を曇らせ、どうしようもなくパトスが流れ出て、
「彼は本当に救世主だ!」と歌い上げずにはいられなかったのです。
それから三週間、昼夜の区別もなく、ヘンデルは自分の部屋に閉じ龍ったきり無我夢中で作曲をつづけ、
ついに9月14日、「メサイア」を脱稿。
ペンが手から落ちた時、彼は寝床の上に倒れ、まるで死人のように眠りました。
しかしその実、ヘンデルはこの「メサイア」によって奇蹟的に救われ、新しい「いのち」に復活したのです。
「多くを悩んだ者のみが、歓びを知っている。試練を耐えた者のみが、終局の恩恵を予感する。
ひとたび死を体験したゆえに、人びとの前で新生の復活について証しすることができる。
それが彼のなすべき課題であった」(前掲ツヴァイク著、吾妻雄次郎訳)。
ヘンデルの「メサイア」が、世界中でクリスマスだけでなく、
イースターにもしばしば演奏されるのは理由のあることです。
名曲のウラにこんなお話が….。